SNSで見かけた「白い家」に惹かれて
土浦亀城邸が移築・保存工事を経て公開されるということを知り、古い家好きとして見てみたいと思いました。
90年の時を経て、光あふれる美しい空間から浮かび上がったのは、建物そのものよりも、建築家夫妻の信頼が築いた「暮らしのかたち」でした。
偶然が導いた青山への移転
建築家・土浦亀城は、1935年(昭和10年)に東京・上大崎に2つ目となる自邸を建てました。
劣化が進んだこの住宅を解体・再生して文化財として一般公開する計画が立てられる中、公開場所の問題から、静かな住宅街での維持は困難に。
そのころ、POLA青山ビルディングの建て替え計画が始まっており、保存の理念が合致。
土地の条件も奇跡的に一致し、青山への移築が実現したのだそうです。
この偶然の連なりと多くの方の尽力で、今私たちはこの邸宅を体験することができています。

光がつくる開放的な空間
庭に面した大開口の窓から差し込む光が、ステップフロアの空間をやさしく包みます。
見渡すと、家中の至るところにあるさまざまなサイズの窓から、柔らかな自然光が届いていました。
特に印象的だったのは、女中室や地下浴室といった当時は重視されなかった空間にまで、きちんと光が計画されていたこと。
そのこだわりが、家全体に心地よい余白を与えていました。

アイデアが息づく暮らしのデザイン
玄関のベンチには暖房設備があり、女中室の壁に格納されたアイロン台やキッチンではまな板を収納する工夫も。
1935年当時としては非常に先進的な住まいの設備に驚かされます。
これは、ご夫婦がアメリカでの3年間の暮らしの中で感じた「便利さ」や「心地よさ」を、日本の住まいにも取り入れたいと考えた結果だそうです。
ふたりで意見を出し合い、日々のくらしを丁寧に設計していた姿が目に浮かぶようでした。

建築を超えた感動――信子さんという存在
見学中、私の心に強く残ったのは、妻・信子さんの存在でした。
亀城と共にフランク・ロイド・ライトのもとで学び、「女性建築家」として実務にも関わっていたという事実には驚きました。
しかし「夫と同じ仕事を続けること」に悩み、やがて建築の世界からは身を引きます。
それでも彼女は創作の道を歩み続け、晩年まで油絵などに情熱を注いだのです。
自分の人生を、自分の手で形づくっていく――その姿勢に、私は静かな感動を覚えました。
色彩豊かな絵画が邸宅の壁に飾られていたことも印象的で、家全体の美しさが、ご夫妻の感性に裏打ちされていることを実感しました。
土浦亀城邸の見学について
邸内は、住宅遺産トラストのガイドツアー形式で見学できます。
建物の工夫や背景を解説していただくことで、図面だけでは分からない細やかな設計意図まで見えてきました。
▶︎ Peatix予約ページ
補足メモ(行かれる方へ)
・靴下必須! 外履き・裸足では入場できないので要注意。
・チケット争奪戦注意:私は販売開始5分後にアクセスして間に合いませんでした…。
事前のスタンバイをおすすめします。
・邸宅ガイド本は、隣接する静かなカフェで購入可能。
展示だけでなく装丁も美しく、記念におすすめです。

最後に
暮らしのかたちそのものが、設計された美しさであること。
そして、美しさとは、信頼し合うふたりの対話の積み重ねから生まれるのだということ。
この邸宅を通じて、私はそんなことに気づかされました。
建築という枠を超えた豊かさにふれることができた、特別な時間でした。
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